神話の国、出雲。さらにその奥部への旅。(7)

【2007年10月14日(日)-②】

 続いて出雲大社へ。
 祭神は大己貴命(オオクニヌシノミコト)である。

 今回は、大己貴命(オオクニヌシノミコト)より6代(7代前という説もあり)前の祖先に当たり、諸国を開拓した素盞嗚尊(須佐之男命・スサノオノミコト)が暮らしたとされる、島根県雲南市三刀屋町を中心とする地域を巡る旅がテーマである。
  
 <素盞嗚尊(須佐之男命・スサノオノミコト)の社>
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←出雲大社の本殿の裏にある
素盞嗚尊(須佐之男命・スサノオノミコト)の社は、
意外にも小さい。






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 本殿を通り抜けて、出雲阿国お墓に参る。

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 おととし来た時よりも、なんだか垢抜けた感じがするのはなぜかな。

 そのあと、みんなでお昼。
 初日のお昼を食べた島根県立古代出雲歴史博物館の目の前にある出雲蕎麦屋で〝割り子(わりご)蕎麦〟を全員で食す。
 これで、今回の旅程は終了した。
 JR出雲駅へ行き、そこから帰る人を見送る。

<素盞嗚尊(須佐之男命・スサノオノミコト)の社>
 帰りの飛行機の時間にはまだ間に合いそうなので、須我神社に行くことにした。

 簸の川上において八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した素盞嗚尊(須佐之男命・スサノオノミコト)は、稲田姫と共にこの須賀の地に至り、美しい雲の立ち昇るのを見て、「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる この八重垣を」と歌い、日本で始めての宮殿を作った。
 これが古事記・日本書紀に記載されている「須賀宮(すがのみや)」であり、日本初之宮(にほんはつのみや)でもあるとのことである。
 日本で一番古い詩歌として、この地が「和歌発祥の地」の由縁でもあり、また、この歌の中の「出雲」が出雲の国名の起元であるのだそうである。

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d0002395_22282488.jpg この社には、何だか神社にあるべき清明な空気感というものを感じないので、どうしてなのかなと思っていたら、敷地に隣接してすぐ隣がお寺さんだったのだ。

 「神社・仏閣」というがごとく、このふたつはだいたい〝ひとまとめ〟にして扱われるので、多くの日本人と同じで、ボクもいままで神社とお寺さんの違いに気がついていなかった。
 しかし、よく考えてみると、お寺は、人の屍体や煩悩を取り扱うので生臭い場所なのだ。

 これに比べて神社は、ケガレの祓いを扱うので清明である。
 この気づきは、ボクにとって、今回の旅の大きな収穫でもあった。
 つまり、神事は清く、仏事は俗事で生臭いのだ。
 てことは、ここ須我神社は、隣から吹く寺の生臭い風の影響を強く受けて、清浄な空気が侵されてるってことになるね。
 
 げに恐ろしきは俗臭なり。

 お参りを終えて、急いで出雲空港に向かった。
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by mimiokun3 | 2007-10-20 21:25 | その他


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